Dr.サッティヤナラヤナ・ダーサ、コロナが浮き彫りにした人間の愛憎心理を語る

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世界の多くの国々でロックダウン発令または外出自粛要請が行われ、自宅に引きこもらなければならない事態に陥っています。これだけでもストレスが溜まるのに、さらに心配なことがあります。巣ごもりが余儀なくされている国々で家庭内暴力(DV)が増えているのです。性差別が少ないはずのヨーロッパも例外ではありません。ロックダウンが長引くにつれて収入にも影響があるでしょうし、心理的にも追い込まれた感があるのかもしれません。

インドのジヴァにはヴェーダ哲学を教えてくれる「Jiva Institute of Vaishnava Studies」という部門があり、そこのヴェーダ哲学者Dr.サッティヤナラヤナ・ダーサが、コロナが浮き彫りにした人間の愛と憎しみの感情について語ってくれました。

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「愛情と憎しみはコインの表裏である」という言葉があります。まさに今、これを体験している人達がいます。人間には愛する人とつねに一緒にいたいという気持ちがあります。普段は忙しくてそんなことはできません。しかし今は、コロナ禍により愛する人と24時間つねに一緒にいることを強いられています。そうすると、望んでいたことが望まないことに変わるのです。

愛情と憎しみが同じ感情の表裏であることを示す物語があります。むかし、インドにいたムスリムの皇帝がある美女と恋に落ち、頻繁に逢瀬を楽しみました。しかし、その美女は皇帝軍の隊長とも恋仲だったのです。皇帝は耐えられないほどプライドを傷つけられました。皇帝なので、絞首刑や拷問などなんでも好きな方法で人を罰することができます。しかし、ありきたりな方法では気がすみませんでした。知恵の働く大臣を呼び、「やつらを罰するのにピッタリなユニークな方法はないか」と尋ねました。人間の心理を熟知していた大臣は「二人を裸にして、24時間顔を突き合わせるように縄で縛るのがよろしいかと」と言いました。皇帝は「それではやつらの思う壺ではないか」と驚きましたが、大臣は「そうではございません。どうなるかご覧にいれましょう」と答えました。

美女と隊長は裸にされ、お互いの顔を突き合わせる形で縛られました。お互いの息が顔にかかり、排せつ物も相手の体にかかることが避けられませんでした。この状態が24時間続きました。24時間経って縄が解かれると、二人は反対の方向に走り去り、二度と会いたくないという嫌悪感が募ったのでした。

この物語は、愛と嫌悪は同じ感情であることを示しています。だれかを愛するときには、その人と一つになりたいと思います。一方、だれかを嫌うときには、その人から離れないと思います。愛は引き寄せられること、近づくことです。嫌悪は反対の方向に離れることです。愛は自分を破壊したいという思い、嫌悪は相手を破壊したいという思いです。

だれかを愛するということは、その人を嫌悪していることでもあるという事実に目を背けているだけなのです。見ず知らずの人にはめったに嫌悪をいだきません。愛している人に対してこそ、嫌悪をいだいたり、どなったり、ののしったりするのです。愛と嫌悪つまり「ラーガとドゥエーシャ」はふりこの両極なのです。ロックダウンで24時間一緒にいることで愛と嫌悪の感情が両極に揺れるのです。

むかしもロックダウンはありました。クリシュナ神はインドラ神の慢心を打ち砕くため、インドラよりも自分たちや牛に縁の深い山や川、森などを崇めるよう、特にゴーヴァルダン山に供養するように勧めました。供養されなかったインドラ神は怒り、ヴラジャ地方に大雨を降らせました。村は大洪水になりました。クリシュナ神はゴーヴァルダン山を引き抜くと、片手で頭上に差し上げ、大きな雨傘のようにして牛飼いやその家族、牛の群などを避難させました。クリシュナは7日間もこうして山を支えました。その間、ひしめきあう村人と家畜たちは心を乱すことなく、クリシュナ神に対する純粋な愛に満たされました。

ゴーヴァルダン山を持ち上げているクリシュナ神。写真はウェブから拝借。

真の愛とはふりこの両極ではなく、一方向なのです。どんなに長い間一緒にいても、いらいらしたりしません。そうした真実の愛はクリシュナに基づいているものです。

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心配と不安が高まる今、こうしたヴェーダの話は心に静けさと知性をもたらしてくれます。


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