湖の底にロープが沈んでいるなと冷静に思えるか

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最近に限ったことではありませんが「どうしてそんなことでアタマがブチ切れるんだろう?」と思えるニュースが毎日のように報道されています。

後続車がクラクションを鳴らしたという理由でブチ切れ、その車のフロントガラスやミラーを壊す、といった出来事はまったく理解できません。そういう行動に駆り立てられている人の心に憎悪の炎が燃えていることは想像に難くありません。

かつての職場に、すぐブチ切れる人がいました。仕事はできるのですが、すぐに爆発する人でした。その人の心の地雷を踏まないように気をつけつつも、どこに地雷があるかわからないので、幾度となく地雷を踏んでしまいました。ラジャシックな人だとつくづく思ったものでした。

思考が混乱している人の心はタマスで充満している可能性があります。心がタマシックになる要因はいろいろあり、個人的な要因もあれば社会的要因もあると思います。いろいろな要因の結果として心がタマスに傾いているのです。

アーユルヴェーダを知っていると、いろいろなタイプの人と出会っても、冷静にその人を判断することができます。ラジャスの人だとかタマスの人だとかを判断できるので、自分が翻弄されなくて済みます。

私たちがアーユルヴェーダを学ぶとき、トリドーシャ(ヴァータ、ピッタ、カファ)のことは熱心に学びますが、トリグナ(サットヴァ、ラジャス、タマス)のことは忘れがちです。しかし、トリグナはとても大事です。プラクリティ(生まれながらの体質)を判断するとき、トリグナの影響で判断がむずかしいことがあります。

プチっと切れやすい人について「あの人はピッタ体質だ」と思いがちですが、心がラジャシックな場合があるのです。

ジヴァ・アーユルヴェーダのドクターは、トリグナ(サットヴァ、ラジャス、タマス)をこう説明しています。

サットヴァ~水が澄み、湖面も静かな湖のような状態。湖底にロープが沈んでいるのを見て「底にロープが沈んでいる」と思うだけで、事実に対して心は乱れません。

ラジャス~湖の水は澄んでいるが、湖面の波が大きいので、湖底のロープをヘビと見誤って恐れる。

タマス~湖の水がヘドロでいっぱい。湖底のロープがなんだかわからないので恐怖心にかられる。

この「なんだかわからないので恐ろしい」という心理はタマスです。これは「アヴィディヤ(無明)」と呼ばれます。「無知」ですね。「アヴィディヤ(無明)」が苦しみを生むと考えられています。

アーユルヴェーダの学びは光明(ヴィディヤ)を与えてくれます。

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